どちらを選ぶのかは、些細なことから重大なことまでピンキリ

あなたはどっちを選ぶ?というのは、私達が人生を生きていく上においては誰もが遭遇する内容でもあります。

そうした内容は、個人の問題から家庭次元の問題、あるいは社会や国家、さらには歴史上においてもそうですが、いついかなる時において遭遇するかわからない内容でもあります。

その選択すべき道や事柄というものは、レベルの低い内容であったり、時には歴史や人の人生を左右しかねない重要な内容の時すらあります。

例えば、子供さんがお買い物に行った際に選ぶお菓子においても起こり得ることで、限られたお小遣いでチョコレートを買おうかポテトチップスを買おうかと迷うかもしれませんね。 その場で即座に決められずに迷う場合には、5分くらい立ちすくんで悩んでしまうかもしれません。

あるいは、合コンに参加をした男女がお互いにどの人にしようかと迷う場合もあるでしょうね。

国家間においてもそうです。
今や日本はGDPでは中国に追い越されており、アメリカに次いでGDP第2位の経済大国は日本ではなくて中国となっています。
その場合に、アメリカは日本との外交関係と中国との外交関係のどちらを優先しないといけないのかを決断しないといけません。

日本の歴史においてもそうです。
北近江の浅井長政は、織田信長の妹お市と結婚することで信長と同盟関係になったものの、朝倉義景との関係を優先したために滅亡しました。

日本史最大のミステリーとも言われる本能寺の変においては、明智光秀がクーデターを起こした際に光秀の妹婿でもある細川藤孝は、親戚でもあり光秀の部下さらには親友でしたが隠居という名目で光秀に一切加担しませんでした。

NHKドラマで話題になった黒田官兵衛は豊臣秀吉の軍師でもあったために、その的確なアドバイスにより有名な中国大返しが実現しています。
その後の天下分け目の戦いと言われた関ヶ原の戦いにおいて官兵衛は、息子の長政を徳川家康率いる東軍に援軍させており、その際に西軍の吉川広家と小早川秀秋を東軍に寝返らせた長政の功績は大きく、西軍が敗れる大きな要因となってしまいました。
一方、西軍の石田三成は再起のために命からがら逃げることができましたが、見つかって斬首されました。
ただし、秀吉や秀頼に対する忠誠心を貫いた人生に一切の悔いはなかったと言われています。

どちらを選択するのかという問題は、このように歴史を左右する大きな問題にまで発展してしまう場合もあります。

そう言う私の場合においても、どちらにしようかと迷った際には、優先順位をまず考えることにしています。
とくに、どちらの事柄もいずれしないといけないことであれば、どちらを先にすべきなのか、あるいはどちらにしようかと迷った際にも、その先のことを考慮した上でどちらを選択すべきかを決めるようにしています。
決して、その場の感情や気分で行動してはいけないと自分に言い聞かせています。
あなたはどのように決めますか?

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